4章 かわいい感の生体信号による計測と分類
https://gyazo.com/225a38f4c453f85443f9716ea645f4ee
4.1 生体信号と生理指標
アンケートのデメリット
言葉の曖昧さがある
実験協力者や実験者の意図が混入する可能性がある
刺激提示の前後しか測定できず、刺激提示中の心理状態のモニタリングができない
物理量で客観的に評価ができる
実験協力者自身がコントロールしづらい
刺激提示中に連続的にモニターできる
筆者らが利用した生体信号とそれから算出される生理指標
生理指標
一過性の変化である「反応」やゆっくりしたレベル変動である「水準」がある https://gyazo.com/8a43e4580977c5c9eb81aaf8552fd419
心電図は、心臓を挟むように手足などに電極を装着することで比較的容易に計測することができる
心拍は運動だけでなく、不安や緊張といった精神的な要因によっても変化が起こることが知られており、情動変化の指標として用いられている 生理指標
R波とR波の間隔
RRIの逆数で、1分間のR波の数
心拍変動高周波数帯域成分(おおむね0.15~0.4 Hz)
心拍変動低周波数帯域成分(おおむね0.04~0.15 Hz)
LFとHFの比
SDNNとRRIの比
生理指標
呼吸の大きさ
呼吸の速さ
呼吸パターン
緊張や不安によって変化するとされている
感性が生起する中枢神経系からその情報を直接推定しようとする生理指標 様々な行動や意識の変化を捉える客観的な手がかりになるとされ、緊張とリラクセーション、五感に関する快適性などの評価指標として用いられている 脳波の計測は時間的・空間的な脳活動の状態を比較的容易に計測することができ、拘束性が少なくてすむという利点もある
生理指標
$ \alpha/\betaなどの比
ある時点におけるパワースペクトルが最も大きい周波数帯域成分の全区間における時間的な割合
視線計測から算出される指標
視線が留まっているある一定の範囲
注視している時間
左右それぞれの目の瞳孔の大きさで、見ているものの明るさや集中力などで変化する
1分間のまばたきの回数で、心理状態などにより変化する
大須賀らや平野らはストレスや興奮あるいは映像酔いなどの精神的な負荷(否定的な感性)を対象として、これを計測するために生体信号を用いている
「快適」などの「肯定的な感性」に着目し、その計測に生体信号を用いた例もある
しかし「快適」などは静的な感性であり、「わくわく感」という「肯定的かつ動的な感性」の計測に対して、生体信号を利用した例は少ない
その数少ない例の一つに武者が開発した感性スペクトル解析システムが有り、このシステムでは脳波を用いて快適感だけでなく肯定的かつ動的な感性も扱っている
一方、筆者らは主に「わくわく感」を対象として脳波以外の生体信号も用いて感性計測の研究を行ってきた 4.2 わくわく感の計測
a. システムの構築
176名の学生にアンケート調査の結果、若者のわくわく感に関して以下の2点を確認
何かに期待して「どきどき」している時に、「わくわく」という感情が沸き起こっている
さまざまな感情(例えば「楽しい」「悲しい」「恐怖」など)に対して「わくわく」という言葉が使われている
そこで様々な感情から「楽しい」に着目し、「どきどき」と「楽しい」に着目したシステムを構築することにした
ゲームの時間帯をいくつかの工程に分割し、工程ごとに異なる刺激を設けることでさまざまなわくわくの程度を生体信号で測定することとした
先の展開を期待させるような工程
箱に入るモデルを確認し、3つの箱から1つを選択×2
2つのモデルが合体し、合体したモデルがアクションを起こす
わくわく菅野感度を測るためにパラメータを設定し、これらの要素を組み合わせて全4種類のコンテンツを作成することとした
table: 表4.1 パラメータ
パラメータ パラメータの要素
箱のデザイン 3種類の箱 白い箱
音(BGMや効果音) 音あり 音なし
音については工程ごとに異なるBGMとした
b. 評価実験方法
実験は20代の男子学生12名に対して行った
まずアンケート項目ごとに表4.1のパラメータを因子として二元配置の分散分析を行った
例として「楽しい」の結果
https://gyazo.com/eb0e704bc5a48a0647bde2d5d33f3219
$ p値から音の主効果が1%有意であり、これは他の項目においても同様の結果となった 自由記述アンケートにシステムの良かった点で「システムのBGM,効果音」という意見があったことから、システムの全体を通して音があった方が良かったと考えられる
次に生体信号を解析するにあたり、生理指標の選定を行った
選定した生理指標
https://gyazo.com/335b4ff6b9f6292af5c6004b90626723
またシステムの工程の中から以下の三個所を選定し、それぞれに対して解析を行った
I. 1回目の3つの箱から1つを選択する
II. 2回目の3つの箱から1つを選択する
III. 出現した2つのモデルが合体した¥直後
生体信号は個人差がきわめて大きい
あらかじめ安静状態において生体信号を測定し、そこから算出した生理指標の平均値を基準値として、その基準値との差分を各実験協力者の値とする
例として、解析箇所 I における心拍数の結果
https://gyazo.com/0f14c4b5285d887842a2791de87e6b13
$ p値から、箱のデザインの差が1%水準で統計的に有意であるのに対し、音では有意差がなかった
その他の結果
https://gyazo.com/0bcf0c8cdc8260e68f1cdda4f6a132a5
工程IとIIで、心拍数とRRIにおいて、箱のデザインに有意水準1%で差があった
工程IIIではGSR平均値において音の有無に有意水準1%で差があった
以上のことから、工程によって実験協力者の「わくわく感」に影響を与えるパラメータの種類が異なることがわかった
d. 考察とまとめ
音の有無に工程IIIでGSR平均値に有意差があり、箱のデザインに工程I、IIで心拍数とRRIに有意差があった
一方、アンケート結果では音の有無のみに有意差があった
アンケートはシステムの後半部分の印象を反映していることが示唆された
工程ごとに次の項目に違いがあることが確認できた
実験協力者の感性に影響を与えるパラメータの種類
わくわく感を検出できる可能性のある生理指標
4.3 かわいい色と生体信号
a. 使用する色の選定
20代の学生6名(男性4名、女性2名)を対象に、かわいい色とかわいくない色を色表の381種類から選択してもらった
その結果、かわいい色はピンク系、かわいくない色は濃く暗い茶系や濃く暗い緑系が選択されたので、ピンク・茶色・緑・青の4種類の色を使用することにした
b. 実験方法
スクリーン1面に1色を映して実験協力者につけ7段階評価とその理由を口頭で回答
実験手順
1. 実験協力者に30秒間安静状態を保ってもらう
2. 20秒間スクリーンに映された色を見てもらう
3. 口頭でアンケートに答えてもらう
2と3を4種類の色に対して繰り返した
提示する色の順番はランダム
実験中は常に生体信号(皮膚電気活動、心拍、呼吸、脳波)を計測
c. 実験結果と考察
実験は20代の男女各8名、計16名
生体信号を解析するにあたり、生理指標の選定を行った
用いた生理指標は以下の通り
皮膚電気活動(直流による通電法による)(GSR)
GSR平均、GSR分散
心拍
心拍数、心拍数分散、RRI、RRV(R-R間隔の分散)
呼吸
呼吸数平均、呼吸数分散、呼吸の大きさ
脳波
θ波、slow α波(7~8 Hz)、mid α波(9~10 Hz)、fast α波(11~12 Hz)、β波それぞれの出現率(パワースペクトルの割合)と優勢率(最も優勢な時間の割合) これは安静時の値を基準とした
アンケート評価の結果
https://gyazo.com/7e6666b139ce4ec8a1a96ce2cf27f5a9
さらに色と性別の二元配置の分散分析を行った結果、色で有意水準1%の主効果、性別で有意水準5%の主効果があり、また色×性別の交互作用も5%有意であった https://gyazo.com/37172b9dfc56e083833e0d33f7d3cc98
そこで、アンケート評価が高かった実験協力者と低かった実験協力者とに分けて、各生理指標の解析を行うことにした
すなわち、各生理指標に対し、アンケート評価が1以上の場合を「かわいい」、-1以下の場合を「かわいくない」とし0の場合は除外して、「かわいい」と「かわいくない」の2群のデータに対し、対応のない差の検定を行った
https://gyazo.com/138d31d5025207553e42d53e273b4c03
心拍数に5%で有意差があり、「かわいい」と評価した場合の方が大きかった
心拍数の低下は一般にリラックスの指標として用いられており、「かわいい」と評価した場合は、そうでないと評価した場合と比べて、リラックスという静的な正sん状態とは逆の活動的な精神状態(「わくわく」した状態)であることが示唆された
また、各生理指標に対し、さらに男女別に、上述した2群に対して対応のない差の検定を行った
その結果、女性のmid α波の優勢率に5%で有意差があり、「かわいい」と評価した場合の方がmid α波の優勢率が小さかった
mid α波の優勢率の増加も、一般的にリラックスの指標として用いられている
そこでこの結果から、女性については「かわいい」と評価した場合に、「かわいくない」と評価した場合よりも活動的な精神状態になることが示唆された
d. まとめ
スクリーンに映した色を「かわいい」と評価した場合はそうでない場合よりも心拍数が有意に大きく、また女性についてはmid α波の優勢率も同様であった
これらはスクリーンに映した色を「かわいい」と評価した場合の活動的な精神状態を示唆している
4.4 かわいい大きさと生体信号
a. 実験方法
提示する立体オブジェクトはこれまでの実験および予備実験の結果から、形を円環体、色を黄色とし、4種類の大きさのオブジェクトとした
実験協力者に4種類の大きさのオブジェクトを1種類ずつランダムな順序で30秒間呈示し、それぞれに対して「かわいい-かわいくない」7段階評価とその理由を口頭で回答
実験前30秒間とオブジェクト提示中に、実験協力者の生体信号(心拍、脳波)を計測した
b. 実験結果
20代の男女各12名、計24名
アンケート評価の結果
https://gyazo.com/187ae055c5f56ee54c14707536cd163d
提示オブジェクトの大きさに対して一元配置の分散分析を行ったが、主効果はなかった 大きさが小さいものと大きいものの2群に分け、対応のない2群の差の検定を行ったところ水準1%で有意差があった
心拍数については、オブジェクトを提示されていた30秒間の平均心拍数を算出し、実験協力者ごとに実験前30秒間の平均心拍数を基準として差をとることで基準化した
提示オブジェクトの大きさに対して一元配置の分散分析を行ったが、主効果はなかった
https://gyazo.com/5949b31bf73e6219eb97face063b3760
しかし、「小さほうがかわいい」と評価の理由を説明した実験協力者16名では、小さいオブジェクトを提示された場合に平均心拍数が大きい傾向にあった
https://gyazo.com/a86ff97d39a6cebc3f733c1b0515225f
そこで、アンケート評価が$ 1以上を「かわいい」場合、$ -1以下を「かわいくない」場合として、$ 0の場合は除外して、平均心拍数データを2群に分け、対応のない2群の差の検定を行ったところ、水準1%で有意差があった
https://gyazo.com/1520c1b84a59dbe3fe7aef1418abf4c6
さらに「かわいい」場合と「かわいくない」場合のデータ数がそれぞれ一定数あった大きさ3と4について同様の解析を行ったところ、大きさ3では水準5%の有意差が、大きさ4では水準1%で有意差があった
c. 考察とまとめ
アンケート結果から、オブジェクトの大きさは小さい方がかわいいことがわかった
平均心拍数が大きさを依存しているように見えるが、実際は大きさではなく掲示オブジェクトを「かわいい」と評価しているかどうかに依存していると考えられる
心拍数の低下は一般にリラックスの指標として用いられていることから、「かわいい」と評価した場合は、そうでないと評価した場合と比べて、リラックスという静的な精神状態とは逆の活動的な精神状態(「わくわく感」)であることが示唆された
4.5 かわいい大きさの詳細
さらに小さなオブジェクトの提示、および3DディスプレイとARメガネの2種類のオブジェクト提示方法の違いによる「かわいい」の評価への影響を明確にすることを目的として、新たな実験を行った
a. 実験方法
今回提示するオブジェクトは、既に紹介した実験結果に基づき、球体とした
色は男女ともに「かわいい」と評価された黄赤
提示方法はVRとAR(手の上)の2種類
それぞれ4種類の大きさについて「かわいい」の程度を評価してもらう実験を実施した
table: 表4.11 提示する球体の視野角
1 2 3 4
視野角 2.3° 4.6° 9.1° 18.2°
提示順は順序効果を考慮しランダムとし、「安静状態20秒の後、ある大きさの球体を20秒間見てもらう」を4回繰り返した
評価にはアンケートと生体信号としてはこれまでの実験で有用な結果の多かった心拍を用いた
b. 実験結果
実験は男女各8名、計16名に対して行った
1) アンケート
VR
https://gyazo.com/4a10121f0d1848c886f2b7418ebef464
大きいオブジェクトの方がかわいさの評価が低いことがわかる
https://gyazo.com/637cab36885ababb65fddf9a4e745a2a
大きさと性別を要因とする二元配置の分散分析の結果、大きさで有意水準5%の主効果があった
AR
https://gyazo.com/c680bcc7de671e0e33d2e31dec6ce1fa
https://gyazo.com/935695efd89e261814869b80982ea994
VRと同様に大きいオブジェクトの方がかわいさの評価が低い
https://gyazo.com/7e8b1ebebcccce96b28d38b71efaf36d
大きさで有意水準1%の主効果があった
また、VRとARの評価に正の相関($ r=0.43)があった(有意水準1%)
それぞれの大きさについて、VRとARの2つの提示方法での対応のある差の検定を行ったが、どの大きさも有意差はなかった
また、すべての大きさをまとめたものについて、VRとARで対応のある差の検定を行ったが、有意差はなかった
https://gyazo.com/b3b5e2360efef0b6ea2c0b93f992cf93
ARの方がVRと比べて、大きさ1では評価が高く、大きさ4では評価が低いことがわかる
図4.14と図4.16でそれぞれの提示方法を比較すると、VRよりもARの方が評価が$ -3から$ +3まで分布しており、「かわいい」「かわいくない」の評価が明確だった
今後の実験においてARを用いる方が結果が明確になると考えられる
2) 心拍
個人差が大きいので安静時との差分を解析対象とした
心拍数に対し、アンケートにおける評価が「1,2,3」を「かわいい」、「-1,-2,-3」を「かわいくない」とした2群に分け、対応のない差の検定を行った結果、ARでは有意差があった(有意水準1%)が、VRでは有意差はなかった
安静状態の平均と比較すると「かわいい」の方が3拍程度大きくなるに対し、「かわいくない」の方は安静状態の平均とほぼ同じであった
table: 表4.15 心拍の安静状態との差分の平均
VRの平均 ARの平均 平均値
心拍 かわいい 2.36 3.23 2.80
心拍 かわいくない -0.91 0.90 -0.01
このことから「かわいいと感じるときに、心拍数が上がること」が再認された
https://gyazo.com/89527921a388b6b04a0fa0bd1f406851
ARでは球体が大きくなるにつれて徐々に心拍数が下がっているのに対し、VRでは大きさ1ではARとほぼ同程度だが、大きさ2,3,4は安静状態とほぼ同じ結果になった
ARについて、球体の大きさと安静状態との差分で負の相関($ r=0.341)があり、球体の大きさが大きくなるにつれて安静状態に近くなっていることがわかる
また、7段階評価アンケートの結果と心拍数の安静状態との差分で正の相関($ r=0.455)があり、アンケートの評価が高いほど心拍数の安静状態との差分も大きくなることがわかった
https://gyazo.com/9302ce264e8569ea598c8672f1bd441a
このことから、ARの方がアンケート評価と心拍数の変化との関係性が強いと考えられる
c. 追加実験
以上の実験結果から、小さいオブジェクトの方がかわいい評価が高いことがわかったため、最もかわいいと評価される大きさを調べる追加実験を行った
オブジェクトの提示方法は上述の実験と同様にした
提示順はランダムとした
提示する大きさは表4.11の大きさ1を初期値とし、実験協力者に倍率(球体の視野角)を±0.1(0.23°)ずつ変更して最もかわいいと思うお大きさにしてもらう方法(調整法)とした 実験は20代の男性4名、女性1名で行った
https://gyazo.com/22f04ccf88391758ccc15ebf493e0498
実験協力者1については、他の実験協力者の結果と大きく離れていたため外れ値とした なお倍率は表4.11のの大きさ1を倍率1とすると、大きさ2は倍率2、大きさ3は倍率4、大きさ4は倍率8
VRとARは類似した結果となっており、最もかわいい大きさは倍率1~2の付近に集中していることがわかる
最もかわいい大きさは大きさ1より小さくなる可能性が予想されたが、そのような傾向はなかった
つまり、小さすぎてもかわいくなるとは限らず、かわいいと思う小ささにも限度があることがわかった
ただしこの実験では、実験協力者にオブジェクトを提示する際、初期値は大きさ1で行っていた
それによって結果が倍率1~2の付近に集中した可能性がある
このことから最初に提示する初期値の大きさを変えた実験を行う必要がある
d. 考察とまとめ
VRとARではARの方が「かわいい」に関する評価が明確になることがわかった
心拍でも、提示オブジェクトの小さい方が心拍数が高くなり、VRよりARの方が心拍数の変化とアンケート結果との関係性が強かった
そこで今後の実験においてARを用いる方が結果が明確になることが示唆された
追加実験では、倍率1~2の付近に最もかわいいと思う大きさのあることがわかり、かわいいと感じる小ささにも限度があることが示唆された
4.6 かわいいオブジェクトのAR提示と心拍
a. 実験方法
前節の実験で用いた球体に加え、「日常的に使うもの」として用意した5種類から1種類「かわいいと思うもの」として用意した5種類から1種類を実験協力者に選んでもらい、実験で使用する
https://gyazo.com/3fc5589ca080d73e8bbd6c11a02492a1
オブジェクトのAR提示の順番(男女それぞれ)
https://gyazo.com/a8e4f235351ea726b9dbd7c8dbaa23e5
「安静状態30秒の後、あるオブジェクトを30秒間見てもらう」×3
評価には心拍数を用いた
b. 実験結果
男女各5名、計10名
https://gyazo.com/0ff03c64f7bb41bdafd5f7952c3b17ea
オブジェクトごとの心拍数(直前の安静状態との差分)
https://gyazo.com/5987bbce2114251cbe84a3a6b47ba938https://gyazo.com/a44b58edd2f8c0820d60edfc0621904d
女性全員と大部分の男性は「かわいいと思うもの」を見ている時は安静状態よりも心拍数が大きくなっているが「日常的に使うもの」を見ているときの心拍数は安静状態とほぼ同じであったことがわかる
また球体を見ているときに関しては、男性のみが安静状態より大きくなっている傾向にあった
c. 考察とまとめ
球体と比較した結果、「かわいいと思うもの」を見ている時に心拍数が上がり、「日常的に使うもの」を見ている時には心拍数が上がらないことがわかった
これらのことから、心拍数が上がった理由が、AR提示という提示手段ではなく、AR提示対象のオブジェクトを実験協力者自身が「かわいい」と思っているからであることが確認された
なお球体に関しては、今回の実験では男性のみ心拍数が上がる傾向であり、その理由は今後の課題
4.7 わくわく系かわいいと癒やし系かわいい
https://gyazo.com/6f1b3726fa2c0ecd6ac426307a12c7d6
筆者らが行ってきた「わくわく感」の研究はvalenceも正、arousalも正である第1象限の範疇を対象にしてきたので、これまでは「かわいい」に対しても同じ範疇を対象として生体信号で計測する試みを続けてきた
しかし、例えば第3章に記載したように「かわいいテクスチャ」では「やわらかい」「ふわふわする」などの触感を想起する言葉で形容されるものがかわいいと評価され、「かわいい触感」では「モコモコ」「フサフサ」などのオノマトペで表現されるものがかわいいと評価されていた
これらはvalenceが正(ポジティブ)であっても、arousalも正の「わくわく感」(excitement)とは異なり、むしろarousalが負の「リラックス感」の方がふさわしいと考えられる そこで筆者らは「かわいい感」というポジティブな感性にも2つあると考えた それらの違いが心拍に与える影響を明らかにすることにした
a. 実験方法
提示する刺激には2次元画像を用い、実験協力者がインターネットなどから選定した3枚の静止画とした
「ドキドキするかわいい画像」:主に人物や動物
「癒やされるかわいい画像」:主に動物
「興味がない画像」:主に日用品や景色
一面黒色の画像を呈示し、30秒間安静状態(レスト)を保った後、画像の1種類を30秒間提示(タスク)、同じ画像を用いて計5試行行い、計300秒間の心拍を測定
タスクごとに各1セット行った
各画像の提示時間は提示開始から心拍数の変化が安定するまでの時間を考慮し、これの前の実験よりも長く設定した
また、実験協力者が画像を選定してから心拍を測定するまでの間隔は画像に対する印象が変わらない短い間隔として10~15分ほどとした
b. 実験結果
20代女子学生7名を対象に実験を行った
レストの後半15秒間の平均心拍数を基準とした時の、その直後のタスクの後半15秒間における心拍数を心拍数差分と称する
https://gyazo.com/1ff382a8eddad510fa6e1397187a7e16
これらをデータとして以下の統計学的検定を行った
各画像条件における心拍数の変化の差異を調べるため、平均心拍数差分について基準との差の検定を行った結果、「ドキドキするかわいい画像」で有意差があり($ p<0.05)、他の2つでは有意差がなかった
また、一元配置の分散分析の結果$ p=0.044 となり、画像間で主効果があった$ p<0.05
https://gyazo.com/80ed3fb98462a8f8b7f8daaec9c5d5f6
これより、「ドキドキするかわいい画像」-「興味がない画像」間で有意差のあることがわかった($ p<0.05)
c. 考察とまとめ
一元配置の分散分析により画像間で心拍数差分に主効果があったことから、提示する画像によって心拍数が変化する可能性が示唆された
また、「ドキドキするかわいい画像」提示時では、差の検定の結果、安静状態と比較して有意差があり、レスト状態よりもタスク状態の方が、心拍数が有意に上昇していることがわかった
さらに多重比較において「ドキドキするかわいい画像」-「興味ない画像」間で有意差があり、興味がない画像よりもドキドキする画像を見たときのほうが、心拍数が有意に上昇することがわかった
これは先行研究で明らかになった「かわいい画像を見た時に心拍数が上昇する傾向」を反映しているといえる しかし、「癒やされるかわいい画像」では差の検定の結果で安静状態との有意差がなく、多重比較においても「癒やされるかわい画像」-「興味ない画像」間でも有意差がなかった
これは癒やされるかわいい画像を見ることによるリラックス効果により心拍数の上昇が抑えられると考えられる
以上より、同じ「かわいい」と感じる画像でも「ドキドキする」画像か「癒やされる」画像化によって、心拍の反応に差が生じることがわかった
すなわち、「かわいい感」には「わくわく系かわいい」と「癒やし系かわいい」の2種類があり、それらは心拍で区別できることが明らかになった
おわりに
生体信号の利用は、アンケートなどの主観的な指標のデメリットを補完する有効な手段であり、物理量で客観的に測定できる等のメリットがある
生体信号には、皮膚電気活動、心拍、呼吸、脳波、眼球運動などがあり、それらから種々の生理指標が算出できる
筆者らは、これまで種々の生理指標を「わくわく感」の計測・評価に利用してきたが、かわいい色やかわいい大きさに関して実験を行った結果、提示対象を「かわいい」と評価した場合は心拍数が大きくなった
かわいいと大きさに関する詳細な実験の結果、大きさはある程度まで小さい方がかわいいと評価された。また、VR提示と比べてAR提示の方が「かわいい感」のアンケート評価と心拍数との関係性が強かった
球体と「日常的に使うもの」と「かわいいと思うもの」をAR提示した結果、「かわいいと思うもの」を見ているときに心拍数が上がった
「ドキドキするかわいい画像」「癒やされる画像」「興味がない画像」の3種類の画像を見てもらい、「ドキドキするかわいい画像」のみ心拍数が上がることがわかった。すなわち、「かわいい感」は「わくわく系かわいい」と「癒やし系かわいい」に分類され、前者のみが心拍数の上昇に関係した